戦争はやめて ウクライナ支援のお願い

■ 会長理事声明「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に抗議します」

■ ユニセフ「ウクライナ緊急募金」へご協力ください
 ※とりくまれる会員生協は医療福祉生協連にもご一報ください。

ナターシャ・グジーさんからのメッセージと演奏

医療福祉生協の組合員のみなさまへ

生まれ育った故郷が、戦争という恐ろしい現実に直面しています。
私は22年前に来日し、以来、ウクライナのことを音楽で表現し、伝えてきました。
豊かな自然、美しい町並み、それがいま破壊され、人々が傷つけられています。
小さな子どもたちが、「戦争が早く終わってほしい、死にたくない」、そんな言葉を口にする。
この遠く離れた日本で、私が目にし、耳にしているものは、私の伝えてきたウクライナと違って、現実とは思えない。
キエフや近郊の家族、友達に連絡がついて、無事が確認できるとホッとしますが、電話を切るとすぐ、また心配が募り始めます。

私は音楽家です。音楽家はどんなときも、音楽の持つ大きなチカラを信じ、表現し発信することが使命です。
私はこれまで、音楽に何度も救われ、勇気づけられて生きてきました。今度は私が、この音楽のチカラを、この現実に心を痛めている人々にも届けたい。
2014年に「希望の大地」という曲を作りました。ウクライナは困難をのりこえて、子どもたちの笑顔が輝く未来へと向かう、という想いを込めた曲です。この曲は、私の中ではこれから復興へ向かうウクライナへの応援歌です。大切に歌っていきます。
もう1曲、小椋佳さんに頂いた「命はいつも生きようとしてる」という曲は、山形県長井市の春の桜のなかで歌いました。音楽を通じて、この歌のように「できれば、より善くより美しく」生きたいと思います。

心の底から平和を願って、 ナターシャ・グジー

希望の大地 ~ウクライナに捧ぐ
(作詞・作曲 ナターシャ・グジー)

命はいつも生きようとしている(作詞・作曲 小椋佳)

ナターシャ・グジー(Nataliya Gudziy)さんのプロフィール
ウクライナ生まれ。
ナターシャ6歳のとき、1986年4月26日未明に父親が勤務していたチェルノブイリ原発で爆発事故が発生し、原発からわずか3.5キロで被曝。その後、避難生活で各地を転々とし、キエフ市に移住。
ウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色に魅せられ、8歳の頃より音楽学校で専門課程に学ぶ。
1996年・98年救援団体の招きで民族音楽団のメンバーとして2度来日し、全国で救援公演を行う。
2000年より日本語学校で学びながら日本での本格的な音楽活動を開始。
美しく透明な水晶の歌声と哀愁を帯びたバンドゥーラの可憐な響きは、日本で多くの人々を魅了しています。