明日へ向かって歩く 佐賀県医療生協 多久・小城支部:comcom5月号

多久(たく)・小城(おぎ)支部

「まだまだ自分で歩けるとです」利用者の松瀬松一さんは97歳。デイケアで仲間に会うのが何よりの楽しみです

県庁のある佐賀市の西側に隣接し、佐賀県のほぼ中央に位置しているのが人口約4万5千人の小城市と、人口約2万1千人の多久市です。小城市は佐賀平野の西端。今も広々とした田園風景が広がっています。その西隣にあるのが多久市。小城市に比べるとわずかに標高が高く、周囲は小高い山々に囲まれています。小城市は「農業のまち」、多久市は「石炭のまち」としてそれぞれの歴史を刻んできました。この両市にまたがっている支部、それが多久・小城支部です。

多久市の歴史にふれて

かつて多久市の主産業は米麦が中心でしたが、明治以降、地下の鉱脈に眠っていた石炭が盛んに産出されるようになり、「石炭のまち」へと姿を変えました。小城市とは異なる歴史を刻むことになったのです。しかし、高度経済成長期、エネルギーが石油へと転換される中で、石炭の需要は激減。炭鉱は閉山を余儀なくされました。そして1972年、新明治佐賀炭鉱の閉山を最後として、活況を呈した「石炭のまち」は、その幕を閉じたのです。その後、主産業を失った多久市は、厳しい情勢と向き合いながら、新たなまちづくりをめざして歩み始めました。その歩みは、今も続いています。

多久・小城支部の源流

支部活動の再開で楽しい「餅つき会」を継続。たくさんのボランティアさんが集まりました(写真提供:佐賀県医療生協)

高度経済成長期。炭鉱をはじめとした過酷な作業現場で働いてきた人々を苦しめたのがじん肺と振動病です。当時、鉱山会社をはじめとした企業は、それが労災であることを認めようとはしませんでした。そんな中で、健康を破壊された労働者たちが患者会を立ち上げ、労災認定を勝ち取るためのたたかいを開始します。そのたたかいと結びつき、働く人々と地域の人々の健康を守るために開設されたのが佐賀県医療生協の多久診療所。91年7月のことです。こうした潮流の中で多久・小城支部は誕生しました。

休眠から再起へ

新しく班をつくり活動を開始した「錦江班会」のみなさん

働く人々の健康と生きる権利を守れ! そうした熱気の中で誕生した多久診療所と多久・小城支部。じん肺や振動病に苦しむ人々と結びつき、医療を展開する姿は、周囲から高い関心を集めました。しかし、地域の中に組合員をふやし、医療福祉生協の土台を築くという活動はあまりすすみませんでした。その結果、患者会の要素を色濃くもっていた支部は、一定の歴史的な役割を果たした後で、活動を休眠させてしまったのです。そして、時がたち、21世紀の初頭。老朽化した多久診療所の新築移転計画が浮上してきました。地元の多久・小城支部はどう受け止め、参加し、成功させるのか…。休眠している場合ではありません。しかし、支部運営委員会は活動停止状態。かつての支部を支えた諸先輩は、すでにご高齢。もはや頼るわけにはいきません。結局、新たに支部長や運営委員を選任し、体制を立て直すことに。大変な再起となりました。

再起なる

「ここに来るとみんな親切でとっても楽しい」好評のデイケア(多久生協クリニックに併設)

新支部長の高塚正義さんがいいます。
「新築移転は組合員の問題として考える。できた診療所は組合員が支える。そうでなかったら医療福祉生協とはいえないでしょう」

理事の福島是幸さんが続けます。
「そのためには1日も早く支部活動を再開させなければならない、ということでね。高塚さんに引き受けていただきました」

多久・小城支部が再起を果たしたのは2010年。3年前のことです。新運営委員会は、さっそく動き出しました。健康まつり、組合員訪問、組合員ふやし、出資金ふやし、班づくり、班会開催、虹のバレンタイン行動…。新築移転計画と結びつけながら数々の行事や課題にとりくんだのです。しかし、動くのはほとんど運営委員ばかり。長きにわたる休眠状態も災いしていたのでしょう、地域組合員とのつながりがとても弱くなっていたのです。

高塚さんがいいます。
「走り出してみてわかったこと。それは、地域に根ざし、地域に広げ、仲間をつなぐという基本の大切さですね。これをはずしては運動も広がらん。仲間の力を結集することもできん。この当たり前のことが身にしみてわかりました」

福島さんがいいます。
「運営委員が走り回るだけでは限度があるし、一部の人に負担がかかりすぎるような運動では長続きせんけんね」

こんなアイデア
あんなアイデア

「医療福祉生協がなかったらこんな仲間はつくれませんでしたよ」11年続いている高砂班のみなさん

新運営委員会の話し合いが始まりました。運営委員の芦川正さんがいいます。
「広報宣伝活動を確立せんとね。組合員にきちんと情報を届けなければ、何をやるにしても話がすすまんでしょう」

芦川さんの発言を受けて話が広がります。支部ニュースをつくること。それを機関紙と抱き合わせてきちんと届けること。配達してくれる組合員をふやすこと。そのためには地域を歩き、対話をし、組合員パワーを引き出すこと。

うなずきながら話を聞いていた運営委員の松瀬末子さんがアイデアを出します。
「この辺りは集落ごとのまとまりが強い。だから各集落に1人、協力してくれる人がつくれるといいと思うな。その人が機関紙の配達をしたり、組合員の声をまとめてくれたりすると助かるよね。どうだろう?」

福島さんが違う切り口から発言します。
「僕は、地域のめぼしい人に声をかけて、班づくり学習会をやってみたらどうかと考えている。やはり、こちらから頼むだけではなく、主体的に動いてくれる人をつくるというとりくみが大切なんじゃないかな。班がふえて、班長さんどうしの連帯が生まれれば、結果、ネットワークが広がるということになると思うんだが…」

様々なアイデアが飛び出し、話し合いが盛り上がります。頃合いを見て、高塚さんがまとめました。
「みなさんのアイデアをもとにして、支部づくりのイメージを固めていきましょう。どんな支部をつくりたいか。これを明らかにしておかないと運営委員会の団結もできないし、地域の組合員に語りかけることもできませんからね」

明日へ向かって

「石炭のまち」の労働者と地域住民の健康を守ってきた多久診療所は歴史的な使命を全うし、11年7月「多久生協クリニック」として新しく生まれ変わりました。多久・小城支部も診療所の新築移転をきっかけに長い眠りから覚め、新たなる支部づくりをスタートさせました。あとは明日へ向かって歩くのみです。地域に根ざした支部をつくるために…。

〈佐賀県医療生協〉
●設立年月日 1977年6月20日
●組合員数 1万1,302人
●出資金 2億2,602万1,000円
●支部・班数 8支部 173班
●事業所 医科診療所2 介護関連6

〈多久・小城支部〉
●設立年月日 1991年7月1日
●組合員数 1,533人
●班数 16班
●運営委員数 4人

※2012年1月31日現在