国民平和大行進は8月4日広島・平和公園にゴール

「2011年国民平和大行進」は8月4日広島・平和公園にゴールしました-第6報

 原水爆禁止国民平和大行進中央実行委員会(事務局:東京文京区、平和と労働センター内)の呼びかけにより、「2010年原水爆禁止国民平和大行進・東京-広島コース」(以下「平和大行進」と略)は、5月6日、東京・夢の島をスタートし、5月7日から神奈川県、5月19日から静岡県、5月31日から愛知県、6月11日岐阜県、6月16日滋賀県、6月21日京都府、6月26日奈良県、6月30日大阪府、7月7日兵庫県、7月16日岡山県に引き継がれ、7月26日広島県入りした後、10日間にわたり広島県下を行進した後、8月4日に平和公園(広島市)にゴールし、全国11幹線コースで取り組まれた「2011年国民平和大行進」は、ここに集結しました。終結集会には約400人が参加しました(主催者発表)
  広島県内10日間の行進には、広島県内の福山医療生協・広島中央保健生協・広島医療生協から約180名の組合員・役職員が参加したほか、各医療生協の事業所・福祉施設での休憩時には冷たい飲み物や食べ物を用意して、行進団を激励しました。

>

▲終結集会の様子▲(写真の出典:国民平和行進公式HP)

■7月26日から10日間広島県下を行進し、8月4日平和公園にゴールしました。
7月26日広島県入りした国民平和大行進「東京-広島コース」は、8月4日、市内を行進した後、平和公園噴水南側にゴールしました。こうして、全国11幹線コース〔北海道→東京(4コース)、東京→広島、富山→広島、和歌山→広島、四国→広島、長崎→広島、宮崎→広島、沖縄→広島〕で取り組まれた「2011年国民平和大行進」は、8月4日・広島・平和公園終結しました。最終日は、府中町役場前原爆慰霊碑広場から約100名で出発し、広島市東区役所で集会の後、広島駅を経て、駅前の大橋手前の川岸公園まで行進、行進参加者は約120名ぐらいと徐々に増えました。最終目的地の広島市平和記念公園噴水南側に到着、先着していた富山コースの行進団に出迎えられました。さらに、宇品から出発した平和行進団も到着し、終結集会が始まる頃には、約400人になりました。赤松実行委員長のあいさつに続き、日本山妙本寺木津上人が挨拶。続いて、松井広島市長のメッセージが紹介された後、全国の通し行進者、広島県内行進者の代表が挨拶し、91日間の「2011国民平和大行進 東京-広島コース」は無事ゴールしました。
 東京から歩き通した石崎忠男さんは、平和行進日記に「平和行進中、一緒に行進された方々には感謝です。毎日、沿道から、すれ違う車の中から手を振る人々の熱い平和への想いを受けて歩き続けました。ありがとう。行進団を安全にサポートしていただいた警察の皆さんにも感謝です。ありがとう。各地の実行委員会の皆さんの方々の平和に対する取組みが、この国民平和大行進を力強く支えていることを実感しました。各自治体の方々にも感謝です。これからは、皆さんの力になれるよう活動に取り組んでいきたいと思います」と感想を述べています。
   ☆国民平和行進公式HPの「石崎忠男 平和行進日記

 ■ピースアクション平和行進終結集会参加報告(医療福祉生協連・会員支援部・髙谷担当レポート)
 通し行進者を含めた一団が平和公園に到着したのは太陽がてっぺんに位置する午後1時班頃。汗だくだくでしたが、みなさん元気に行進後の集会に参加されていました。そんな中、ひときわ目立ったのが岡山~広島間を10日かけて歩いた荒川拓哉くん(中学1年生)と和真くん(小学4年生)の兄弟と大越文さん(2010年度東京~広島通し行進者)のグループでした。前年の通し行進途中に大越さんと仲良くなった荒川君兄弟はその後も大越さんと連絡を取り合い、今年の行進参加へとつながりました。10日間の行進の中で平和についていろいろ学んだ荒川拓哉くんは「核兵器が1発打たれたら、みんな死んでしまう。すべてなくせばみんな平和で安心できる。核兵器をなくなるまで歩くぞ。」と話してくれました。

荒川兄弟と大越文さん

<問合わせ先>
医療福祉生協連 会員支援部 電話:03-4434-1580