福島医療生協のたたかい―震災と放射能汚染 福島医療生協 渡利支部:comcom9月号

私たちは負けない

「全国から届きました」震災直後、全国の医療福祉生協から届けられた支援物資(写真提供:福島医療生協)

東日本大震災から3ヵ月余が経過した6月下旬。取材先は福島医療生協。豊かな緑が流れる東北新幹線の車窓。しかし、郡山を過ぎると、その緑の中に震災の爪 痕が。屋根にかけられたブルーシートがそれです。大きな揺れに瓦を振り落とされた屋根の修復がまだ終わっていなかったのです。大津波に襲われた沿岸地帯だ けではなく、広範な内陸部もまだその傷跡が癒えていませんでした。さらに震災と連動して引き起こされた福島第一原発の事故によって拡散した放射性物質。そ の「見えない恐怖」とのたたかいも続いていました。

「私たちは負けません。住民の健康を守り、安心してくらせるまちをつくる…、まさに今が医療福祉生協の真価を問われる時だと思っています」
取材先で最初に聞いた言葉です。

職員を突き動かしたもの

3月11日。午後2時46分。福島医療生協・わたり病院のある市街地も激しく揺れました。病院スタッフは大混乱の中で入院患者さんたちの安全確認を急ぎ、 その一方で病院機能の回復を図るために懸命の努力をしていました。そこへ未曾有の大津波、原発事故、放射能の拡散という危機的な情報が次々と飛び込んでき たのです。職員は病院に泊まり込み、まさに寝食を忘れて緊急事態と向き合いました。そして、何日かが過ぎた時のこと。津波に襲われた沿岸部から避難してき た母子が救いを求めてやってきました。その息子は強烈なショックを受けたために飲食もできず、衰弱しきっていました。顔の表情もまったくといっていいほど ありませんでした。診察を終えた後、試みに温かいインスタント味噌汁を提供しました。その時のことを、看護師の菅野弘子さんが語ります。
「おいしそうに飲んだんです。表情が戻ったんです。そして、『おかわり!』っていったんです。温かなものが、冷たくなった心と体をほぐしたんだと思いました。その時、避難所にいる人たちのことが浮かびました」

避難所の医療支援に出かけているスタッフからの情報が気になっていたのです。
「被災者には、冷たく冷えきったおにぎり、のどを通りそうもないパンが1日に1回手渡されているだけだ」

立ちあがった組合員

「温かいお味噌汁ですよ どうぞ~」「ありがたい… ほっとするね」この炊き出し支援が19日間にわたって続けられた(写真提供:福島医療生協)

菅野さんは仲間の職員に呼びかけ、さっそく行動を開始しました。
「せめて、1日。いや連休の間だけでも避難所に温かい味噌汁を…」

この行動に感銘を受け、即座に参加を決めた組合員がいます。副理事長の西元幸子さんです。福島市で食生活改善推進員という仕事もしている西元さんがいいます。
「職員のみなさんは、ガソリンがないから通えないということで泊まり込み。コンビニもスーパーも機能していなかったから買い物もできず、自分たちの食べる ものもない。そういう中で、業務をこなしながら、医療福祉生協らしいことをしたいって立ち上がったんです。私は、感動しました。いっしょに行動しようと迷 わず決めました。そしたら、渡利支部のみなさんが立ち上がってくれたんです。中央支部やもちづり支部のみなさんもいっしょに…。うれしかったです。普段の つながりが、こういう時、大きな力に変わる。これこそ医療福祉生協だって思いました」

医療福祉生協は人をつくる

福島県立東高等学校に設営された避難所には280人ほどのみなさんが避難していました。3月とはいえ、厳寒の体育館。暖房、食事、トイレ、プライバ シー…。何もかもが不十分な生活。追い詰められ、日一日と元気を喪失せざるを得ない厳しい状況…。そこに届けられた、つくりたての味噌汁。「温かさ」が笑 顔をつくりました。子どもたちの「おかわり!」という元気をつくりました。前出の看護師・菅野さんがいいます。
「職員には病院がありますから、連休明けの3月21日までしか支援できないということがはっきりしていました。でも、一度、避難所のみなさんの笑顔に触れ てしまうとやめるにやめられない…。悩みました。迷いました。その時、西元さんや支部の組合員が、『あとは私たちが引き継ぐよ』っていってくれたんです」

職員と連動して動きだしていた西元さんたちは、またたく間に組合員パワーを結集し、1日10人から12人程度の支援態勢を構築していたのです。

渡利支部の支部長、上川芳枝さんがいいます。
「私たちも被災者で大変だったけど、もっと大変な人たちがいる。だから、できることはやろう。…そんな感じでみんなが集まってくれました。医療福祉生協っ てすごいなと思いました。何がすごいって? 普段の活動が、そういう『人づくり』につながっているということ、それがすごいんですよ」

「ありがとう」をいいたい

「さわやかお茶会」で転倒予防の「ももりんご体操」

県立東高校・避難所での炊き出し支援。桜の蕾がふくらみ始める4月5日までの19日間、つづけられました。西元幸子リーダーのもと、経験豊かな女性組合員 (ベテラン主婦)たちが、あり合わせの材料を工夫してつくった昼食は、あたたかな「出会い、ふれあい、支えあい」の物語をたくさん生みだしました。「食べ たいものがあったら遠慮しないでいってください。なんとか希望に添えるように努力してみますから…」というひと言に、「ありがとう」と涙を流す被災者の方 もいました。本当に困った時、誰かが寄り添ってくれる…。それが、どれほどの安心につながるかを証明した瞬間でした。炊き出し支援は「学びの時」でもあっ たのです。西元さんがいいます。
「私たちの支援活動は全国の医療福祉生協から寄せられた支援物資や農民運動全国連合会(農民連)の協力があったからできたのです。震災直後、間髪をいれず 送られてきた支援物資。全国の医療福祉生協や仲間はつながっている。その糸が、あれほどはっきりと見えたことはありません。私たちの炊き出し支援を喜んで くれた被災者のみなさん、その支援を支えてくれた全国の医療福祉生協のみなさん、農民連のみなさんに心から感謝したいです。ありがとうといいたいです」

ふれあいお茶会

「次回もまたやっぺない(やりましょう)」お茶会に集まるみなさんが楽しみにしている「手づくり紙芝居」。作・演者も参加者です

6月27日。わたり病院の隣にある民家「組合員ルーム」で、渡利支部が主催する「ふれあいお茶会」が開かれていました。地域の高齢者がたくさん集まって、 歌を歌ったり、紙芝居を見たり、体操をしたり、食事をしたり…。楽しいひと時を過ごしていました。副支部長の佐藤絹子さんがいいます。
「震災も原発事故もまだまだ現在進行形。こんな時だからこそ、『つながる』ことを、より一層大事にしていきたいですね」

「組合員ルーム」の庭には雑草が生い茂っていました。副支部長の大和健雄さんがいいます。
「放射線量が高くてね。草刈りしようにもできないんですよ」

まだまだ予断を許さない「たたかい」が続きます。

〈福島医療生協〉
●設立年月日 1982年5月8日
●組合員数 2万8,574人
●出資金 8億1,797万9,000円
●支部・班数 21支部 140班
●事業所 病院1 医科診療所2 通所リハ2 介護関連4
〈渡利支部〉
●設立年月日 1970年
●組合員数 2,694人
●班数 14班
●運営委員数 16人
※2011年3月31日現在