医療福祉生協の人的支援:504名、物的支援68万点

東日本第震災 医療福祉生協の人的支援:504名 物的支援:220トン・約68万点

 3月11日の東日本大震災発生直後から、医療福祉生協連(本部:新宿区百人町)と各地の医療福祉生協は、医師・看護師・放射線技師・薬剤師・検査技師・事務職員などの人的支援とともに、生活物資・食料、医療・介護物資、燃料などの物的支援に取り組んでいます。
 4月10日までの1ヵ月間に、57医療福祉生協で延べ504名(医師120名・看護師273名等)の人的派遣を行い、64医療福祉生協がトラック延べ66便で、飲料水、灯油・重油・軽油、おむつ・カイロ・マスクなど220トン・約68万点の物的支援を行いました。
 この間募金を呼びかけた「東日本大震災義援金」は、4月17日現在で60医療福祉生協・個人・事業者から約8,185万円が募金口座に振り込まれております。以下、この約1ヵ月間の医療福祉生協の支援活動を振り返って紹介します。

●地震発生~16日まで{被災地の医療福祉生協の人的・物的支援がはじまりました
3月12日夜、庄内医療生協の2班が宮城に支援物資を届けたのを皮切りに、13日には、東京の本部から髙橋本部長・藤谷副本部長が医療生協さいたまの車で支援物資とともに宮城県に、山田職員と江本職員が東京保健生協の車で福島に入り被災地の医療福祉生協の現状を確認しました。

本部の第一次支援隊の出発式の様子

 ○3月11日
 ―利根保健生協(群馬県)は17日まで災害派遣医療チームを宮城県・自衛隊駐屯基地に派遣。

○3月12日
 ―尼崎医療生協は、医師1・看護2・事務1・管理栄養士1を宮城県に派遣。
 ―徳島健康生協は義援金100万円、支援物資(サージカルマスク2,000枚・)エプロン3箱・手袋18箱・ヨウ化カリウム剤980錠・病院備蓄の非常食2日分(約500食)を被災地福島県に送りました。

○3月13日
 ―北毛医療生協は宮城県に向け医師2・事務1を2日間派遣しました。
 ―長野医療生協は看護1・事務1を派遣。15日には第2陣を派遣(宮城県へ)。
 ―医療生協さいたまは医師1・保健師1・看護師1・放射線技師1・事務1を第1陣として派遣。また、多量の支援物資と医療福祉生協連の第一次支援隊を宮城まで移送していただきました。
 ―鹿児島医療生協は、3月13~17日、医師1・看護1・事務1の3名を派遣。 ○3月14日―上伊那医療生協(長野県)は、支援物資(米・缶詰・電池・紙おむつなど450点)を搬送しました。
 ―医療生協かながわは、看護1・事務3名と支援物資(水144本・毛布20枚、米、カセットコンロ・ボンベ・マスク6千枚、神おむつなど350点)。
 ―はるな生協は医師1名(19日まで)と支援物資(水・感染予防セット・ヨード剤50人分)を福島浜通り医療生協に届けました。16日医師2名を派遣。
 ―富山医療生協は支援物資(カセットコンロ・ボンベ140本・ごはん・飲料水208本、バナナ・カロリーメイ・ホッカイロ・マスク(8千点)、毛布・家庭用医薬品などを庄内医療生協に運びました。
 ―浜北医療生協が2トントラックいっぱいに支援物資を積んで福島県届けました。米・子どもオムツ・水120本・医薬品・被爆者対応用防護服セット120セット(防護服等は愛知県のみなと医療生協提供)。
 ―岡山医療生協は、医師2・看護2・事務2の合計6名を宮城県に派遣しました。

○ 3月15日
 ―医療生協さいたまは医師1・看護2・放射線1・事務1派遣。(いずれも宮城県)
 ―川崎医療生協は医師・看護師・事務職4人チームを2チームと支援物資を福島に。第二次支援、第3次支援も実施しました。
 ―東京ほくと医療生協は医師2・看護師2・事務2計6名と支援物資を宮城県へ。
 ―みえ医療福祉生協・津エリア(三重県)は医師1・看護師2・放射線技師1・事務1計5名と支援物資を宮城県へ。18日まで派遣しました。

○ 3月16日
 ―医療生協さいたまは医師1・看護2・放射線1・事務1派遣。(いずれも宮城県)
 ―浜北医療生協の第2陣は福島と郡山に支援物資のほか軽油600㍑を積み4トントラックで出発。第3陣も予定。

●新潟医療生協内に「東日本大震災物資支援センター」を開設し物資支援ルートを確立
 
3月22日、新潟県生協連新潟医療生協の協力で新潟医療生協内に「医療福祉生協連・東日本大震災物資支援センター」を開設し、福島県内の医療福祉生協への物資支援ルートを確立しました。3月23日には、「東日本大震災物資支援センター」から新潟医療生協(鈴木専務理事・三膳常務理事)と白根保健生協(松尾常務理事)が、新潟県生協連から提供されたコープにいがたのトラックで、福島の2医療生協への支援物資(医薬品・飲料水600リットル・下着・介護用品・衛生用品等)を搬送しました。

▲3月23日新潟医療生協から出発の様子と満載した支援の医療物資▲
(写真:新潟県生協連提供)

●本格化する医療福祉生協の人的・物的支援活動(3月17日~31日)
○3月17日
 ―富山医療生協は事務職員3名を郡山医療生協・桑野協立病院へ派遣。その後第6次まで医療支援チームを派遣しています。
 -尼崎医療生協は第2次医療支援隊(医師・看護師・事務の計4名)を福島へ派遣。
 -広島中央保健生協から医師1名・事務2名を宮城県に派遣しました。

○3月19日
 ―庄内医療生協は発災以降、1日1便の定期便を山形から運行し続けています。また、医師2名を含む15名体制で松島医療生協を支援ました(21日まで)。
 -盛岡医療生協は、理事長を含む医師・歯科医師・看護師など12名を大船渡市の避難所へ派遣。
 -東京保健生協は第2次支援隊8名を宮城県に派遣。
 -長野医療生協は第4次医療支援隊(医師1・ソーシャルワーカー1・リハビリ1計3名)を福島に派遣。さらに車2台で救援物資(新鮮野菜・味噌・リンゴ)を郡山医療生協と浜通り医療生協に届けました。
 -大東四條畷保健生協は看護師3名を福島に派遣。
 -ろっこう医療生協の専務理事と職員2名が支援物資(医薬品)を福島中央市民生協に届けました。
 -大分医療生協は第1次医療支援隊(看護師2名・事務1名)を宮城県に派遣。

○3月20日
 ―川崎医療生協はいわき市からの108人の被災者を受け入れた“とどろきアリーナ”で組合員6人による炊き出しを行い大変喜ばれました。

○3月22日
 ―医療生協さいたまは、原発の福島県の避難民を受け入れた“スーパーアリーナ”に看護師13名を2交代で派遣し、医者のいなくなる夜間診療も引き受け大変喜ばれました。
 -なにわ保健生協は看護師1名・事務1名を27日まで派遣しました。

○3月23日
 ―尼崎医療生協の第4次支援物資輸送隊が大量のペットボトル飲料とガソリン・布団・ポ―タブルトイレ・衣服など1.5トンを宮城県多賀城市と石巻市の被災者に届けました。
 -宝塚医療生協たじま医療生協からマスク・カイロ・衛生用品など救援物資が届けられました。

○3月24日
 ―川崎医療生協は第5次支援チーム(医師3・保健師1・介護福祉士1・運転手1計6名)を派遣(下の写真参照)。
 -富山医療生協は医師1名・看護師3名を宮城県に派遣し、避難所などの回診と夜間の緊急医療に従事しました。
 -乙訓医療生協から新潟の「東日本大震災物資支援センター」に救援物資(男女下着・タオル・トレペなど)が届けられました。
 -利根保健生協は歯科医師1名・歯科衛生士1名・技工士1名で松島海岸診療所に派遣し歯科医療支援に従事しました。

○3月25日
 ―東京保健生協は医師3・看護師5・事務3計11名を宮城県塩釜に派遣。
 -浜北医療生協の第5陣が軽油を福島県に搬送し大いに感謝されました。
 -はるな生協は不足している水2千リットル・野菜26ケース・米50㎏を郡山医療生協に届け、さらに軽油180リットル・おむつを浜通り医療生協に届けました。
 -徳島健康生協は第3次支援隊(医師1名・看護師1名)を宮城に派遣。
 -愛媛医療生協が第2次医療支援隊(看護師3・薬剤師1)を塩釜に派遣しました。

○3月26日
 ―尼崎医療生協は第3次医療支援隊(医師1・看護師2・介護福祉士1計4名)を宮城県塩釜に派遣しました(4月1日まで)。

○3月27日
 ―川崎医療生協は第6次支援チーム(2名)を宮城に派遣。
 -栃木保健医療生協は医療支援・生活支援のため看護師2名と事務2名を塩釜に派遣し、途中福島医療生協わたり病院に救援物資を届けました。

○3月28日
 ―高知医療生協の第2次支援隊1名が要望のあった血圧計を持参しました。
 -ひかわ医療生協は第一次医療支援チームとして看護師1名・看護福祉士1名を塩釜に派遣(下の写真参照)。
 -茨城保健生協は看護師2名・事務3名を塩釜に派遣(30日まで)、また救援物資と飲料水を浜通り医療生協に配送しました。
 -栃木保健医療生協は医療支援第4陣(医師1・看護師2・事務1計4名)を宮城県の南三陸町に派遣(31日まで)。
 -大分医療生協は第2次支援隊3名を宮城県に派遣しました。

○3月30日
 ―医療生協さいたまは、第7次医療支援隊(医師2・看護師1・薬剤師1・事務1計5名)を宮城に派遣。熊谷のある団体が無償で作成してくれた「がんばろう東日本。全国はひとつ」の横断幕を持参しました(下の写真参照)。
 -みえ医療福祉生協(津エリア・四日市エリア)は第3次医療支援隊(看護師・作業療法士・介護福祉士・ケアマネの4名)を宮城県に派遣。
 -ヘルスコープおおさかは医師1名・看護師1名を宮城県に派遣。
 -広島中央保健生協は第2陣(医師1・看護師1・検査技師1計3名)を派遣(下の写真参照)。
 -大分医療生協は第3次支援隊(看護師2名・事務1名)を福島に派遣。同日2リットルペットボトル300本と歯ブラシを福島に発送しました。

○3月31日
 ―鳥取医療生協は第5次医療支援チーム(薬剤師1・看護師2・看護助手1計4名)を宮城県に派遣しました。

富山医療の第5次支援隊

尼崎医療第4次救援物資輸送隊

川崎医療第5次宮城支援チーム

広島中央保健の第2陣の出発

ひかわ医療の支援チームの出発

医療生協さいたまの横断幕

●各地に広がる東日本大震災への支援の輪(募金活動や避難者受入れなど)

○3月14日
 ―福山医療生協は福山駅頭で街頭募金を行いました(募金額:約13万円)。

○3月17日
 ―神奈川みなみ医療生協の介護職員2名と看護師の娘さんの友人の看護学生たちが、横須賀中央駅頭で募金活動を行い40万円の募金をいただきました(下の写真参照)。
 -東京ほくと医療生協は茨城保健生協から透析患者7名を受け入れました。また、50年前に石巻に住んでいた組合員の方が、当時石巻の人たちにお世話になったからと100万円の募金を届けてくれました。同生協の東京健生病院も福島からの透析患者を受け入れ、竜泉診療所でも福島からの患者が受診しました。
 -西都保健生協も西武線清瀬駅頭で職員らが募金活動を行いました(募金額:25万円)。

○3月21日
 ―利根保健生協の利根中央病院がいわき市から避難してきた透析患者2名を受け入れました。22日には群馬県片品村に避難していた被災者57名が受診し、そのうち1名の入院を受け入れました。

○3月24日
 ―大東四條畷保健生協の組合員・職員12名がJR片町線・住道駅と31日に近くのスーパーの前で募金活動に取り組みました。

○3月27日
 ―西都保健生協の西東京支部の組合員26人が「被災者支援春のふれあいバザー」を開催し、60名の来場者による売り上げ約6万円を義援金に入れました。
 -広島医療生協の協同診療所の社保平和委員会が「震災支援カレーバザーむを開き、売上金を募金に入れました。
 -東京ほくと医療生協の院長と職員たちがスーパー・サミットストア前で募金活動を行いました(募金額:34,850円)。

○3月29日
 ―富山医療生協は「震災支援者報告会」を開催。約100名が参加しました。報道6社により30日付の3紙にその模様が掲載されました。

○3月31日
 ―医療生協さいたまの埼玉協同病院で福島原発事故で避難してきた妊婦が女の赤ちゃんを出産しました(実際の出産は26日)。この誕生のニュースはテレビ・新聞で大きく取り上げられました。会見は同病院の会議室で行いました。夫婦の「ひとりじゃない。医師や看護師、周りの人がきっと支えてくれる。がんばって!」のエールは東北の皆さんはもちろん、病院のみんなに元気をくれました。
 -長野医療生協の理事と職員26人はJR長野駅前で震災支援募金活動に取り組みました(募金額:35,328円)。

横須賀中央駅頭で募金活動を行う神奈川みなみ医療生協の看護学生たち

医療生協さいたまのスーパーアリーナ支援

西都保健生協の支援パザー

富山医療の報告会の様子

長野医療生協の募金活動の様子

埼玉協同病院の会見の様子

大東四條畷生協の街頭募金

<問い合わせ先>
医療福祉生協連 震災対策本部 電話:03-4334-1580