都会の下町に根をはろう 東京西部保健生協 和田堀支部、方南・和泉支部:comcom5月号

各地域で開催されている「ころばん体操」。参加者は今も増え続けています

東京西部保健生協

いまやなくてはならない組合員のたまり場「あったかサロン たんぽぽ」

1950年、今から60年前に設立された東京西部保健生協。東京西部というと、西の方にある青梅市や奥多摩を連想される方がいらっしゃるかもしれません。しかし、そうではないのです。この「西部」の意味するところは、東京都23区内の西部ということ。つまりは都心の西部に位置する杉並区。ここを活動の拠点にしているということなのです。人口は、23区内でも6番目に多く、その数はおよそ54万人。住宅を中心に様々な用途の家屋が密集しています。東京オリンピック(64年)を機に幹線道路は整備・拡幅されました。しかし、生活道路は昔ながらの狭い路地。それが住宅地の中をくねくねとはっています。そこで人々が多様なくらしを営んでいるのです。まさに都会の下町。こうした環境の中で活動を続けているのが、東京西部保健生協です。

和田堀支部と方南・和泉支部

大好評のヨーガ

JR中央本線の中野駅と高円寺駅のほぼ中間を通称「環7」(環状7号線・東京都道318号)という幹線道路が走っています。この通りを2kmほど南下したあたりに広がる住宅密集地。この一帯が2つの支部の活動エリアです。和田堀支部の運営委員、横井妙子さんがいいます。
「商店街はさびれていく一方。都会といっても不便なんですよ。そこへもってきて高齢化でしょ。遠くには行けない、近くに店はない。このままいけば困難な中で孤立していく人がどんどんふえていくと思います」

方南・和泉支部の副支部長、渡辺雅俊さんが続けます。
「多くの人が職場中心で働いてきて、近所とのつながりをあまり重視してこなかった。そういう人が多いせいか、人間関係が希薄なんですよね。だから、どんな困難に直面しているのか、どんな助けが欲しいのか。そういった声がなかなか聞こえてこないんです」
人口密集地、都会の孤独。2つの支部はこうした現実と向き合うなかで、医療福祉生協の力を発揮しようと奮闘しているのです。

孤独死はもうごめん

和田堀診療所3階の組合員ルーム。様々な集いが開かれています

何年か前のことです。東京西部保健生協は痛恨の思いをかみしめました。それというのも、組合員の中から孤独死を出してしまったからです。理事会は、この出来事を深刻に受け止めました。そして、問題点を整理したうえで決意を新たにしました。

「もう孤独死は出さない。地域にもっとキメの細かい助け合いのネットワークを張り巡らせる。そのためにもっと組合員をふやす」
和田堀支部と方南・和泉支部もこの提起を受け止め、論議を重ねました。

和田堀支部の支部長、横井建一郎さんがいいます。
「とにかく組合員同士の顔をつなぐ。声をかけ合える関係をつくる。これしかないですよね」
その直後のことです。2つの支部は、地域のたまり場「あったかサロン たんぽぽ」を開設しました。まずは出会いの場をつくろうという思いを、「かたち」にしたのです。地域の組合員が集まるようになり、そこから新たなつながりが生まれるようになりました。

もうひとつの試練

仲よし会が主催する食事会は10年続いています

そんなさなか、2つの支部に衝撃が走りました。自分たちの活動エリア内にある和田堀診療所の閉鎖が検討されたのです。それまでは、「あって当たり前」だった診療所がなくなるかもしれないというのです。聞けば、長年にわたる経営困難から脱却できず、これ以上の存続は無理とのこと。2つの支部は、もちろん反対の声をあげました。方南・和泉支部の支部長、新田栄男さんがいいます。
「拠点がなくなるなんて、とても考えられなかったですからね。しかし、どうすれば存続できるのか。この点になると組合員は素人ですからね。気持ちがあっても、妙案はなかなか出てこないわけですよ。診療時間の短縮で効率を上げ、職員数を調整して経費負担を軽くする必要があるというような話を事務長さんから聞きました。一方で、そのために生じるサービスの低下や、あれこれの変更を組合員にどう納得してもらうか。逆に、何をやれば、組合員のみなさんに満足してもらえるのか、というようなことを何回も話し合いました」

孤独死問題に揺れた後に持ちあがった診療所閉鎖問題。2つの支部は考えました。診療所がなくなったら地域はどうなるのか。医療生協の存在意義とは。支部の役割とは。組合員の役割とは。そして、組合員の力なくして医療生協はあり得ない、診療所もありえないという結論を自分たちで導き出したのです。

診療所が変わった

「みんなで食べるといつもよりおいしいね!」「あったかサロン たんぽぽ」の食事会(写真提供 和田堀支部)

診療所を存続させたい。組合員と職員が話し合いのテーブルに着きました。そこで大きな変化が起こりました。これまで職員の休憩所になっていた3階を、組合員ルームに変更するという話がまとまったのです。そればかりではありません。待合室の椅子の並べ方を変えたり、書架の整理・整頓をして利用しやすくしたり、給茶器を設置して、ひと息入れてもらう工夫をしたり。組合員と職員の話し合いがひとつずつ「かたち」になっていったのです。これまでの「診療所は職員任せ」という風潮は一掃され、組合員参加の診療所づくりが始まったのです。方南・和泉支部の支部長、新田栄男さんがいいます。
「今まで何をやっていたんだといわれるかもしれませんが、とにかく動き出しました。組合員の声が聞こえる、職員の声も聞こえる診療所になりつつあります。これから地域に愛される診療所づくりをめざします。まだ楽観はできませんが、しかし、展望は開けました」

まちに出よう


地域訪問のひとコマ。「会って話す。やっぱり、これが一番確かな情報です」

「あったかサロン たんぽぽ」の多彩な活動、なかよし会を中心とした食事会、診療所の3階を利用した会議や健康づくり、さらにはまちかど健康チェックの再開。そして、地域訪問、安心のネットワークづくり。診療所を中心にした支部の活動が地域に広がり始めました。和田堀支部の支部長、横井建一郎さんがいいます。
「まちに出て出会いをつくって、人と人をつなぐ。そういう活動をきめ細かくやっていきます。機関紙や支部ニュースの手配りも担い手さんをふやし、コースも細分化して、配達時に声かけや立ち話ができる、そんな余裕が生まれるようにしたいと思っています。都会には人がいっぱいいます。だけど、まちに出なけりゃ、人とは出会えないし、人と人をつなぐこともできない。これを忘れちゃいけませんね」

誰もが安心して住めるまちをつくる。和田堀支部、方南・和泉支部の存在意義は、これからますます大きなものになるに違いありません。

「あったかサロン たんぽぽ」に咲いた手づくりの花

〈東京西部保健生協〉
●設立年月日 1950年9月5日
●組合員数 7,035人
●出資金 2億2,073万4,000円
●支部・班数 6支部 63班
●事業所 医科診療所3 介護関連事業7
〈和田堀支部〉
●設立年月日 2000年5月
●組合員数 1,270人
●班数 7班
●運営委員数 12人
〈方南・和泉支部〉
●設立年月日 2008年4月25日
●組合員数 209人
●班数 2班
●運営委員数 8人
※2010年3月31日現在