「ご近所さん」が最大のいのちの支え:comcom2月号

医療福祉生協連専務理事 藤谷惠三

阪神淡路大震災から16年目を迎えました。1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源地とするマグニチュード7・3の大地震が発生し、6434人の方が亡くなられ、負傷者は4万人を超えました(消防庁・平成18年5月19日「阪神・淡路大震災について〈確定報〉」)。

私も現地で救援活動をおこないました。その時目の当たりにしたことは今でもはっきり覚えています。

当時、医療生協だけでなく多くの団体や個人のボランティアが現地に入り、被災者支援活動に参加した人の数は1日平均2万人、3ヵ月間で延べ117万人ともいわれ、被災地のボランティア活動が一気にクローズアップされました。そのため、95年は日本における「ボランティア元年」ともいわれ、内閣は1月17日を「防災とボランティアの日」と定めました。その後、地震はもちろん、豪雪やタンカーの原油流出などでも多くのボランティアが活躍するようになりました。

しかし、日本のボランティア人口全体では、阪神淡路大震災の前後で大きな変化はありません。全国社会福祉協議会に登録されているボランティア団体や総ボランティア数をみるとむしろ、介護保険が始まる前後に大きく伸びているのが分かります(右図)。震災後、確かに「災害ボランティア」は飛躍的に増えたのでしょうが、普段のくらしを支えるボランティアを増やすためには、別のしくみが必要なのではないかと思います。

阪神淡路大震災で亡くなった方の64%は、65歳以上の高齢者でした。この震災で多くの高齢者が亡くなりました。震源地の淡路島においては、消防団および近隣住民が中心となった救助活動がおこなわれ、北淡町では発生から約11時間で捜索救助活動が完了しました。当時の神戸新聞が「地域の力/高めたか淡路の救命率」と題して報道しています。地域のつながりがあったことと、近所の人たちで作られた自衛消防団が最も力を発揮したと書かれています。どこにどういう人がいるのかはもちろん、近所のお年寄りがどの部屋で寝ているのかも分かっていたそうです。

兵庫県が昨年10月に発表した「阪神淡路大震災の復旧・復興状況について」では、「復興を契機に、市民同士が連帯した支え合いによって、地域社会の公共的領域を担っていこうとする気運が高まり、ボランタリー活動が拡がりを見せている」と、復興過程でのボランティア活動が高く評価されています。また、「ボランタリー活動やコミュニティ・ビジネス、まちづくり活動などの先駆的な、…とりくみやしくみについては、成熟社会を支えるしくみとして定着させていかなければならない」と述べています。

「危機管理」とよくいわれますが、阪神淡路大震災の復興の例からも「近所づきあい」や「お隣さん同士」が最も大事な危機管理機能を持っているのではないかと思います。「いのちの大運動」は、自衛隊ではできない救援活動の基盤を作ることでもあります。ここにも医療福祉生協の果たすべき役割があるのではないでしょうか。